「どやさ!」が遺したもの——今なお響く「いくよ・くるよ」の魂と、令和の女性芸人たちが受け継ぐバトン
いくよ くる よ 師匠の存在は、日本の演芸史において唯一無二の光を放ち続けている。昭和、平成、そして令和へと激変するお笑い界の荒波の中で、彼女たちが築き上げた「女性コンビの金字塔」は、今も色褪せることはない。
かつて男社会だった寄席の楽屋裏で、派手な衣装と「どやさ!」の掛け声とともに道を切り拓いたいくよ くる よ 師匠の背中を見て、どれほど多くの後輩たちが救われ、奮い立たされたことだろうか。今くるよ師匠の旅立ちから時が流れた2026年の今、改めてその偉大な足跡と、彼女たちが遺した無形の財産にスポットライトが当てられている。
2026年、再び脚光を浴びる「どやさ」の哲学

テレビのバラエティ番組を見渡せば、毎日のように女性芸人たちが画面を彩っている。しかし、この光景は決して当たり前のものではない。2026年現在、SNSを中心に「どやさ」というフレーズの再評価が進んでいる。単なる一発ギャグの枠を超え、自己肯定感を高める魔法の言葉として若者の間でバズっているのだ。他者を貶めることなく、自分たちの体型や個性を笑いに変え、全肯定する。そのポジティブなエネルギーの源泉は、すべて彼女たちの漫才にあった。
男社会の壁をぶち破った「互いを褒め合う」革命的漫才

かつてのお笑い界は、文字通り男性中心の社会だった。女性コンビといえば、どこか自虐的か、あるいは男性の引き立て役に甘んじることが多かった時代だ。そこへ颯爽と現れたのが、細身のいくよ師匠と、ふくよかなくるよ師匠の二人だった。彼女たちの漫才の画期的な点は、互いの容姿をネタにしつつも、根底に強烈な「愛とリスペクト」があったことだ。けなし合うのではなく、むしろお互いを引き立て合い、輝かせる。このスタイルこそが、現代の多様性(ダイバーシティ)を先取りしていたと言える。
若手女性芸人たちが語る「くるよ師匠からもらった言葉」

楽屋での彼女たちは、舞台上と同じか、それ以上に温かい存在だった。吉本興業の後輩のみならず、他事務所の芸人に対しても分け隔てなく声をかけた。「あんた、ええ顔してるな」「頑張りや!」という一言に救われた芸人は数知れない。2026年に行われた追悼イベントでも、多くの女性芸人たちが涙ながらに当時のエピソードを語った。物質的な支援だけでなく、精神的な支えとして、彼女たちは常に楽屋の太陽であり続けたのだ。
ファッションと笑いの融合:あのド派手な衣装が遺したもの
くるよ師匠といえば、誰もが思い浮かべるのがあのド派手でボリュームのある衣装だ。スパンコールやフリルをあしらった衣装は、単なる舞台衣装の域を超え、彼女の生き様そのものを表現していた。いくよ師匠のスタイリッシュなスーツスタイルとのコントラストも絶妙だった。現在、彼女たちの衣装を展示する特別展が各地で開催され、ファッション業界からも注目を集めている。「笑われる」のではなく「魅せる」ための衣装。そこには、プロフェッショナルとしての強いプライドが込められていた。
劇場文化の守り神として:なんばグランド花月に漂う温もり
大阪・なんばグランド花月(NGK)。ここは彼女たちが最も愛し、そして愛された場所だ。いくよ師匠が先立ち、その後を追うようにくるよ師匠が旅立った今も、劇場の空気の中に二人の気配を感じるという芸人は多い。出番直前の緊張感を和らげる「どやさ!」の声が、今も楽屋のどこかから聞こえてきそうだ。劇場のスタッフたちも、二人が遺した「お客様を第一に楽しませる」というサービス精神を、今も頑なに守り続けている。
時代を超えて愛される理由:私たちはなぜ彼女たちを忘れられないのか
流行の移り変わりが激しいエンターテインメント業界において、なぜこれほどまでに二人の存在感が薄れないのだろうか。それは、彼女たちの笑いが「誰も傷つけない温かさ」に満ちていたからだ。毒舌や暴露話がもてはやされる時代にあって、いくよ・くるよの漫才は、見る者すべてを包み込むような包容力があった。2026年の今だからこそ、私たちはあの屈託のない笑顔と、心からの「どやさ!」を求めているのかもしれない。彼女たちが蒔いた笑いの種は、これからも多くの人々の心の中で咲き続けるだろう。 (出典: いくよ くる よ 師匠(Yahoo!ニュース))